胸部
大動脈解離
■ 大動脈解離とは
大動脈解離とは、心臓から全身へ血液を送る大動脈の壁が裂け、血液が内膜と中膜の間に入り込んでしまう疾患です。この状態になると、血液の流れが異常になり、生命を脅かす合併症(臓器虚血、破裂など)を引き起こすリスクが非常に高くなります。
突然の激しい胸や背中の痛みを特徴とし、早期の診断と緊急対応が必要な「循環器救急」のひとつです。
■ 大動脈の構造と発症のしくみ
大動脈は、3層構造(内膜・中膜・外膜)から成る血管で、その中で最も内側の内膜が何らかのきっかけで裂けることが発症の第一歩です。そこから血液が中膜へと流れ込み、真の血管腔とは別に「偽腔」と呼ばれる異常な通路が形成されます。
この「偽腔」が心臓や重要臓器への血流を遮断したり、大動脈が破裂して出血性ショックを起こすことで、命に関わる重篤な状態に陥るのです。
■ 大動脈解離の分類(スタンフォード分類)
治療方針を決めるために、解離の部位によって分類されます。
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スタンフォードA型:上行大動脈(心臓に近い部分)に解離がある。
⇒ 多くが緊急手術の対象。死亡率が非常に高い。 -
スタンフォードB型:上行大動脈を含まず、下行大動脈のみの解離。
⇒ 多くは厳重な内科的管理(血圧コントロール)が基本。
■ 主な原因と危険因子
大動脈解離は、以下のような血管へのストレスが蓄積された結果、ある日突然発症することがあります。
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高血圧(最も重要なリスク因子)
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動脈硬化
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結合組織疾患(マルファン症候群、エーラス・ダンロス症候群など)
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大動脈瘤の既往
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外傷(交通事故など)
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喫煙・高齢・男性(50〜70歳代が好発年齢)
■ 症状
症状は突然始まり、以下のような特徴的なものがあります:
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引き裂かれるような激しい胸痛・背部痛(特に肩甲骨の間)
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痛みが移動する感じ(解離の進展)
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呼吸困難・意識障害・脳梗塞様症状(脳血流障害)
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下肢の麻痺・脱力感(脊髄虚血)
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腹痛(腸管虚血)
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冷汗、ショック状態、突然死(大動脈破裂)
※高齢者や糖尿病患者では痛みが乏しい場合もあり、注意が必要です。
■ 診断に必要な検査
発症が疑われた場合、迅速かつ正確な診断が求められます。
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胸部・腹部CT(造影CT):最も有用な画像診断。偽腔・真腔の識別が可能。
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心エコー(経胸壁・経食道):緊急時にベッドサイドで使用。A型の評価に有効。
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心電図・血液検査(Dダイマー):心筋梗塞や肺塞栓との鑑別に役立ちます。
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X線(胸部レントゲン):大動脈拡大や縦隔陰影の増大を示すことがあります。
■ 治療
治療方針は解離の型により異なります。
◉ A型(上行大動脈を含む)
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原則として緊急手術(人工血管置換術)が必要
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手術までの間、厳格な血圧・脈拍管理(収縮期血圧100〜120mmHg以下)
◉ B型(上行大動脈を含まない)
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多くは内科的治療(降圧・安静・鎮痛)で経過観察
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合併症(臓器虚血、大動脈瘤破裂など)があればステントグラフト内挿術(TEVAR)などの血管内治療を検討
■ 急性期の合併症と予後
大動脈解離は放置すると致死率が高く、特にA型は発症から24時間以内に20〜30%、48時間以内に50%以上が死亡すると言われます。適切な治療が行われても、腎不全・脳梗塞・心タンポナーデなどの合併症が起こる可能性があります。
■ 予防と再発防止のために
大動脈解離の予防・再発防止の鍵は、血圧のコントロールと血管の保護にあります。
◉ 生活習慣の改善
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血圧管理(家庭血圧でも130/80mmHg未満が目安)
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塩分を控えた食事
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禁煙と節酒
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適度な運動(医師の指示のもと)
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定期的な画像検査(大動脈径のモニタリング)
◉ 薬物治療
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降圧薬(ARB、β遮断薬など)を継続的に内服
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動脈硬化のリスク管理としてスタチンなどの併用も検討されます
■ まとめ
大動脈解離は、一刻を争う緊急疾患であり、早期の対応が命を守る鍵となります。突然の強い胸痛や背中の痛みを感じた際には、ためらわずに救急車を要請してください。
また、高血圧や動脈硬化が進行している方、家族歴のある方は、定期的な健康診断と血圧管理によって、大動脈解離を未然に防ぐことが可能です。
当院では、高血圧や脂質異常症など、心血管疾患の予防管理にも力を入れております。気になる症状や不安がある方は、どうぞお気軽にご相談ください。