腹壁
鼠経(そけい)ヘルニア
■ 疾患の概要
鼠径ヘルニアとは、下腹部の鼠径部(太ももの付け根付近)から腸などの腹腔内の臓器が、腹膜ごと皮膚の下に飛び出す状態を指します。一般には「脱腸(だっちょう)」とも呼ばれ、特に小児や高齢者の男性に多く見られる疾患です。
本来、腹腔内の臓器は腹筋や筋膜、腹膜によりしっかりと支えられていますが、その一部が緩んだり裂けたりすることで、隙間から腸管や脂肪組織が飛び出してしまいます。
鼠径ヘルニアは自然に治癒することはなく、放置すると腸閉塞や嵌頓(かんとん)と呼ばれる重篤な合併症を引き起こす可能性があるため、外科的治療(手術)が基本的な対応となります。
■ 発症の原因と傾向
鼠径ヘルニアの原因としては、先天的な腹膜の異常(小児に多い)、あるいは加齢に伴う筋膜の弱化や腹圧の上昇(成人に多い)などが挙げられます。以下のような要因がリスクとなります:
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加齢や筋力低下
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慢性的な咳(COPDなど)
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重いものを持つ仕事
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前立腺肥大による排尿困難
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慢性的な便秘による腹圧上昇
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肥満または急激な体重減少
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妊娠や分娩後(女性の大腿ヘルニア)
日本では、男性では80歳以上で約5%、女性では1%未満の有病率があるとされており、高齢化に伴い増加傾向にあります。
■ 主な症状
鼠径ヘルニアの代表的な症状は以下の通りです:
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太ももの付け根にやわらかい膨らみが現れる(特に立位時に目立つ)
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膨らみが押すと戻る(可逆性)
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腹圧が上がると(咳や排便時)膨らみが大きくなる
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違和感や鈍痛、ひきつれ感
膨らみが戻らずに痛みが強くなり、吐き気や嘔吐、排便障害などを伴う場合には、「嵌頓(かんとん)」と呼ばれる緊急状態となり、速やかな手術が必要です。嵌頓は腸管が締め付けられて血流が途絶え、壊死を招く危険性があります。
■ 診断に必要な検査
鼠径ヘルニアは、多くの場合問診と視診・触診のみで診断可能です。ただし、他の病気との鑑別や、嵌頓の有無を確認する目的で、以下のような検査を行うことがあります:
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腹部超音波検査(エコー):膨らみの内容物(腸か脂肪か)を判別
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CT検査:症状があいまいな場合や嵌頓の評価
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立位・仰臥位での視診と触診
当院では、初診時の診察で明らかな所見が得られた場合は、必要に応じて超音波検査やCT検査を追加して正確な診断を行います。
■ 主な治療方法
鼠径ヘルニアの根治治療は手術のみです。自然治癒や薬での治療は望めません。以下のような術式が一般的です:
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鼠径部切開法(オープン法):局所麻酔または脊椎麻酔で、飛び出した内容物を戻し、人工メッシュで補強する術式。
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腹腔鏡手術:全身麻酔下に行う低侵襲手術。両側性や再発例などに適応されることが多いです。
最近では、人工メッシュを用いた「無張力修復術(tension-free repair)」が主流で、術後の痛みが少なく、再発率も低いとされています。
当院では、適切な専門施設と連携し、手術の適応がある患者様には速やかに紹介・調整を行います。また、術後の経過観察や生活指導も継続してサポートいたします。
■ 予防や生活上の注意点
鼠径ヘルニア自体を完全に予防することは難しいものの、以下の生活習慣を見直すことで発症リスクを軽減できる可能性があります:
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腹圧を上昇させない(便秘・排尿障害の早期改善)
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重い物を無理に持ち上げない
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肥満を防ぐ
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喫煙を控える(慢性咳の予防)
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腹筋を鍛えるなどの適度な運動
また、ヘルニアがあると診断された場合、急な腹痛や膨らみが硬く戻らない状態になった際には、すぐに医療機関を受診することが重要です。
鼠径ヘルニアは高齢男性に多く見られる一般的な疾患ですが、嵌頓などの合併症を防ぐためにも早期の診断・治療が大切です。当院では、初期診断から術後のケアまで、患者様の生活の質を保つためのサポートを行っております。気になる症状がある場合は、どうぞお気軽にご相談ください。