口腔内・のど・食道
薬剤性食道炎
1. 疾患の概要
薬剤性食道炎とは、内服薬が食道内に長くとどまることで食道の粘膜に炎症や潰瘍を引き起こす病気です。主に錠剤やカプセル剤が原因となり、薬が食道に一時的に停滞した際、その成分が粘膜を刺激して炎症を起こすことにより発症します。
食道は本来、食物や水分を速やかに胃へ運ぶ管状の臓器ですが、飲み方や体位によっては薬が粘膜に付着したまま溶解し、強い酸性やアルカリ性の成分、あるいは局所刺激性成分が食道を傷つけてしまうことがあります。
薬剤性食道炎を起こしやすい薬剤には、以下のようなものがあります:
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抗菌薬(ドキシサイクリン、テトラサイクリンなど)
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鉄剤(フェロカルボン酸など)
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非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)
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カリウム製剤、ビスホスホネート製剤
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一部の心血管系薬剤(硝酸薬、ベラパミルなど)
特に、水分を十分に摂らずに薬を服用した場合や、就寝直前に内服した場合にリスクが高くなります。
日本においても、高齢化や薬剤服用者の増加に伴い、薬剤性食道炎は年々身近な疾患となりつつあります。年齢・性別を問わず起こり得る疾患ですが、高齢者や嚥下機能が低下している方では特に注意が必要です。
2. 主な症状
薬剤性食道炎の症状は、薬が食道に接触した部位に炎症が生じることで発現し、以下のような症状が代表的です。
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嚥下時の痛み(嚥下痛)
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胸の奥の痛みや違和感(胸骨後部痛)
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食べ物や薬がつかえる感覚(嚥下困難)
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つばを飲み込むとしみる
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食欲不振や体重減少(重症例)
症状は急性に発症することが多く、薬を飲んでから数時間から数日以内に違和感が出現することが一般的です。逆流性食道炎や感染性食道炎と似た症状を呈することもあり、原因薬剤の使用歴を把握することが診断の手がかりとなります。
3. 診断に必要な検査
薬剤性食道炎の診断には、問診・服薬歴の確認に加えて、内視鏡検査が非常に重要です。
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上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)
粘膜の発赤、びらん、潰瘍、狭窄の有無を確認します。典型的には、食道の中部〜下部(左心房と接する位置)に縦長の潰瘍が見られることが多いです。薬剤が直接接触した部位に限局していることが特徴です。
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血液検査(必要時)
全身状態の評価や他疾患との鑑別のために、炎症反応や貧血の有無を確認します。
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バリウム造影検査・胸部CT検査(特殊例)
狭窄や穿孔が疑われる重症例では補助的に行うことがあります。
診断の流れとしては、症状と服薬歴の確認、内視鏡検査による所見の確認を組み合わせて確定します。
4. 主な治療方法
治療は、原因薬剤の中止または変更と、食道粘膜の保護・治癒促進を目的とした薬物療法を行います。
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原因薬剤の中止または投与方法の見直し
・できるだけ代替薬に切り替えるか、医師の判断のもとで中止
・やむを得ず継続する場合は、服薬指導を徹底(十分な水とともに、直立姿勢で服用)
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薬物療法
・**プロトンポンプ阻害薬(PPI)やP-CAB(カリウム競合型酸分泌抑制薬)**による胃酸抑制
・**粘膜保護薬(アルジオキサ、スクラルファートなど)**による粘膜の修復促進
・鎮痛薬は症状が強い場合に必要に応じて使用
治療期間は1〜2週間程度で改善することが多いですが、重症例や潰瘍を形成している場合は3〜4週間以上かかることもあります。
当院では、内視鏡検査による迅速な診断と、PPIや粘膜保護薬の処方、薬剤管理に関する生活指導を一貫して行っております。
5. 予防や生活上の注意点
薬剤性食道炎は適切な服薬方法を実践することで予防が可能です。以下の点にご注意ください:
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薬はコップ1杯以上の水で服用する
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服薬後すぐに横にならず、30分は上体を起こして過ごす
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就寝前の服薬は避け、できるだけ夕食後早めに服用する
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カプセルや大きな錠剤は、服用に苦労する場合は薬剤師に相談
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口腔や咽頭が乾燥しやすい方は、水分補給を意識的に行う
また、再発防止のためにも、同じ薬剤で症状が出た経験のある方は、診察時に必ず医師へ申告することが重要です。
薬剤性食道炎は、軽症であれば自然に改善することもありますが、強い症状や潰瘍を伴う場合には適切な治療が必要です。
また、繰り返し起こると食道狭窄や出血、まれに穿孔などの合併症を引き起こすリスクもあるため、早めの診断と対応が肝心です。
当院では、患者さま一人ひとりのお薬の使用状況を丁寧に確認し、安全な服薬と快適な日常生活の維持をサポートいたします。「薬を飲んでから喉や胸がしみる」「飲み込みづらい」といった症状がある方は、ぜひお気軽にご相談ください。