口腔内・のど・食道
特発性食道破裂
1. 疾患の概要
**特発性食道破裂(Boerhaave症候群)**とは、食道に外的な損傷や器具の挿入などがないにもかかわらず、強い嘔吐や腹圧によって食道壁が自発的に破裂する重篤な疾患です。まれではありますが、早急な診断と治療が生死を分けることもあり、消化器科・救急医療の分野では非常に重要な病態とされています。
通常、食道は内圧の変化に耐えられる構造をしていますが、過度の嘔吐、咳、いきみなどによる急激な内圧上昇により、筋層まで裂けてしまうことがあるのがこの疾患の本質です。破裂した部位から食物や胃酸、細菌が縦隔(じゅうかく)内に漏れ出し、急速に縦隔炎や敗血症を引き起こすことがあります。
破裂は左側の下部食道に起こることが多く、食道全層に及ぶ完全破裂がほとんどです。
発症の主な誘因には次のようなものが挙げられます:
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激しい嘔吐(過飲・過食後、アルコール多飲後など)
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強い咳、くしゃみ、排便時のいきみ
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劇的な胸腹部圧の上昇(交通事故、てんかん発作後など)
日本における発症頻度は非常に低く、年間数百例程度とされていますが、男女比では男性に多く、特に中年〜高齢男性に多い傾向があります。
2. 主な症状
特発性食道破裂は、突発的に発症する激しい症状を特徴とし、以下のような三徴候が代表的です(Macklerの三徴候):
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激しい胸痛または上腹部痛
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嘔吐後の症状発現
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皮下気腫(皮膚の下で空気がプチプチと触れる感覚)
そのほか、以下のような症状も多く見られます:
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背部や肩甲骨周囲への放散痛
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呼吸困難、頻脈、発熱(感染症の進行に伴う)
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吐血または血混じりの嘔吐
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意識混濁やショック状態(重篤例)
初期症状は胃潰瘍や心筋梗塞、急性膵炎などと似ており、診断が遅れると命に関わることもあるため、早期の鑑別が非常に重要です。
3. 診断に必要な検査
特発性食道破裂の診断には、画像検査と内視鏡検査の併用が不可欠です。
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胸部・腹部CT検査
最も有用な検査で、縦隔気腫、食道周囲の液体貯留、胸水、皮下気腫などの所見から診断を推定します。造影剤を使うことで漏出部位を明らかにできます。
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消化管造影検査(可溶性造影剤)
食道からの造影剤漏出を確認することで、破裂部位を特定します。
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上部消化管内視鏡検査(必要時)
破裂の範囲や部位を直接確認しますが、穿孔部を刺激するリスクがあるため慎重に行います。
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血液検査
白血球増加、炎症反応(CRP上昇)、敗血症兆候の有無などを把握します。
診断の流れとしては、まず画像検査で異常所見を確認し、必要に応じて内視鏡検査や造影検査を行い確定診断とします。救急疾患であるため、迅速な診断と治療開始が極めて重要です。
4. 主な治療方法
特発性食道破裂の治療は、原則として外科的手術が第一選択です。ただし、破裂の範囲や全身状態、発症からの経過時間により保存的治療や内視鏡治療が選択されることもあります。
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外科的治療(標準治療)
・破裂部の縫合閉鎖術(開胸または腹腔鏡)
・ドレナージ(胸腔や縦隔の膿や漏液の排出)
・重症例では再建術や人工呼吸管理が必要なこともあります
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内視鏡的治療(軽症例または手術困難例)
・ステント留置による穿孔部の被覆
・ドレナージの併用
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保存的治療(極軽症例に限定)
・絶飲食、胃管挿入による減圧
・広域抗菌薬、胃酸抑制薬の投与
・全身管理(呼吸循環サポート、栄養管理など)
治療期間は入院で2〜3週間程度が目安ですが、重症例では長期入院・ICU管理を要することもあります。
泉胃腸科外科医院では、診断の初期段階で必要なCT検査や内視鏡検査の迅速な実施体制を整えており、重症例では高次医療機関との連携のもと適切に紹介・搬送いたします。
5. 予防や生活上の注意点
特発性食道破裂は「特発性」と呼ばれる通り、明確な予防法があるわけではありませんが、発症リスクを下げるために次のような生活習慣が有効とされています。
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暴飲暴食や過度の飲酒を避ける
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強い嘔吐を繰り返さないよう、胃腸の不調を早めに対処する
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便秘によるいきみを減らすため、食物繊維や水分を意識的に摂取
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ストレス管理や規則正しい生活で体調を整える
また、既往に食道疾患や嘔吐を伴う疾患がある方は特に注意が必要です。嘔吐後の強い胸痛や呼吸苦を感じた場合には、迷わず医療機関を受診してください。
特発性食道破裂は、まれではあるものの、非常に重篤な消化管疾患です。
ただし、早期発見・早期治療により回復が十分に期待できる疾患でもあります。
泉胃腸科外科医院では、緊急性を要する疾患に対しても地域医療の要として迅速に対応し、必要に応じて高次医療機関と連携しながら診療にあたっています。
症状に心当たりのある方や、不安なことがある方は、どうぞお気軽にご相談ください。