胃・十二指腸
胃内容排出遅延(胃排出障害・胃の運動機能低下)
1. 疾患の概要
胃内容排出遅延(Gastroparesis)とは、胃の運動機能が低下することで、胃に入った食べ物が小腸へと正常なスピードで送り出されなくなる状態を指します。消化管には自律神経の働きによって、内容物を先に進める「ぜん動運動」が備わっていますが、この働きが障害されると、食べ物が胃の中に長くとどまり、様々な消化器症状が現れます。
この状態は「胃の麻痺」とも呼ばれることがあり、糖尿病を背景に持つ方に多く見られるほか、手術後の合併症や神経系の疾患、原因不明で発症する場合もあります。
発症の原因
胃内容排出遅延の原因は多岐にわたりますが、大きく以下のように分類されます。
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糖尿病性胃不全麻痺:高血糖によって自律神経が障害され、胃の動きが低下します。
- 器質性:胃がんや胃潰瘍で胃の出口が狭窄すると胃内容が貯留します。
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術後性:胃や食道の手術後に神経が切断・損傷されることが原因です。
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薬剤性:オピオイド、抗コリン薬、抗うつ薬など、胃の運動を抑制する薬剤の影響。
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神経疾患や膠原病:パーキンソン病、強皮症などが関連することもあります。
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機能性ディスペプシア:胃の動きや知覚が過敏になり、食後の不快感や胃もたれを訴える状態です。
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特発性(原因不明):明らかな背景疾患がないにもかかわらず発症するケースです。
日本における発症傾向
本疾患の正確な罹患率は明らかではありませんが、糖尿病患者の中で有症状の胃内容排出遅延を有する人は10〜30%程度と報告されています。特に長期にわたる血糖コントロール不良がある方に多く、男女比ではやや女性に多い傾向があります。
2. 主な症状
胃の排出機能が低下すると、胃に食べ物が残り続けることで、以下のような症状が生じます。
【代表的な症状】
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食後の膨満感(おなかが張る)
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早期満腹感(少量の食事で満腹)
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吐き気や嘔吐
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上腹部の不快感や痛み
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食欲不振や体重減少
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血糖コントロールの悪化(特に糖尿病の方)
これらの症状は、機能性ディスペプシアや胃潰瘍、胃がんといった他の消化器疾患とも似ているため、正確な鑑別診断が重要です。
3. 診断に必要な検査
胃内容排出遅延の診断には、胃の運動機能を評価する検査が必要になります。さらに、他の器質的疾患(がんや潰瘍など)との鑑別を行うための検査も併用されます。
【主な検査】
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血液検査:感染、糖尿病の状態、栄養状態を評価。
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腹部超音波:胃の拡張や内容物残存の有無を簡易的に確認。
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上部消化管内視鏡(胃カメラ):潰瘍や腫瘍など他疾患の除外。
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胃排出能検査(シンチグラフィ、アセトアミノフェン法など):放射性同位元素や薬剤を使って、胃からの排出速度を数値化。
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腹部CT:閉塞や異常構造の確認。
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大腸内視鏡検査(必要に応じて):下部消化管症状や鑑別のため。
診断は、症状の経過・検査結果・排除すべき疾患の除外を総合的に判断して確定されます。
4. 主な治療方法
治療は、原因に応じた対応と、症状を軽減し胃の運動を改善する治療の両面から行われます。
【薬物療法】
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消化管運動促進薬(プロキネティクス)
モサプリド、ドンペリドンなどが用いられます。 -
抗吐気薬:吐き気が強い場合に。
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漢方薬:六君子湯や人参湯などが症状に応じて処方されます。
【生活指導・食事療法】
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1回の食事量を少なく、回数を分ける(1日5〜6回の少量食)
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脂肪や食物繊維の摂取を控える(胃内停滞時間が延びるため)
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食後すぐに横にならない
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糖尿病の場合は血糖コントロールを最適化
【高度な治療(重症例)】
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内視鏡的治療や胃空腸バイパス手術(まれなケース)
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胃電気刺激療法(大学病院などで実施)
泉胃腸科外科医院では、胃カメラによる的確な鑑別診断に加え、症状に応じた薬物処方や生活指導を提供し、必要があれば専門医療機関との連携も行っています。
5. 予防や生活上の注意点
胃内容排出遅延の予防には、以下のような生活習慣の改善が有効です。
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血糖の安定化(糖尿病の方)
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過度な脂肪・繊維摂取の見直し
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規則正しい食事時間・姿勢
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ストレスの軽減・十分な睡眠
また、服用中の薬剤に胃運動を抑える作用がある場合は医師と相談し調整することも大切です。
おわりに
胃内容排出遅延は、生活の質に大きな影響を及ぼす疾患ですが、正確な診断と適切な治療によって症状の軽減が可能です。
泉胃腸科外科医院では、消化器疾患の専門的知見に基づいた検査と治療を通じて、患者さま一人ひとりに合わせたサポートを行っております。
「食後にお腹が張る」「少し食べただけで満腹になる」「嘔吐が続いている」などの症状でお困りの方は、ぜひ一度当院にご相談ください。