口腔内・のど・食道
アカラシア
1. 疾患の概要
**アカラシア(Achalasia)とは、食道の運動障害によって、食べ物が胃へとスムーズに流れ込まなくなる病気です。本来、食道は飲み込んだ食物を蠕動運動(ぜんどううんどう)によって胃へと送り、同時に胃の入口にある下部食道括約筋(LES)**が一時的に緩むことで食物が通過します。
アカラシアでは、この下部食道括約筋が異常に収縮したまま緩まず、さらに食道の蠕動運動も消失または弱くなるため、食物や水分が食道内にとどまり、さまざまな症状を引き起こします。
原因ははっきりとは解明されていませんが、主に以下のような要因が考えられています:
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自律神経障害(食道神経叢の変性や脱落)
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ウイルス感染や自己免疫の関与
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遺伝的素因(家族歴がまれにある)
日本国内での年間発症率は10万人あたり1人前後とされ、比較的まれな疾患ですが、医療機関での認知が進むにつれ、軽症例の診断数も増加傾向にあります。年齢や性別を問わず発症しますが、20〜40代に多く、男女比はほぼ同等です。
2. 主な症状
アカラシアの典型的な症状は、**食物が喉や胸に引っかかる感じ(嚥下困難)**です。初期は固形物に対して症状が出やすく、進行すると水分でも詰まるようになります。
主な症状は以下の通りです:
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嚥下困難(えんげこんなん):食物や水分が飲み込みにくくなる
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胸部不快感・胸痛:食道内に食物が停滞することで痛みを感じる
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逆流:食後や就寝中に食道にたまった内容物が口まで戻る
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夜間の咳や誤嚥:逆流物が気道へ流れ込むことで咳や肺炎の原因に
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体重減少:摂食困難が続くことで食事量が減少
初期は軽い違和感程度であることもありますが、徐々に症状が進行するため、長期間にわたって「原因不明の飲み込みにくさ」が続く場合は早めの検査が重要です。
なお、胃食道逆流症(GERD)や食道がんなどとの鑑別が必要であり、正確な診断には専門的検査が求められます。
3. 診断に必要な検査
アカラシアの診断には、以下のような検査が行われます。
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上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)
食道内の拡張や食物の貯留、LESの開き具合を確認します。がんとの鑑別のためにも重要です。
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バリウム造影検査(食道透視)
造影剤を飲み、食道の通過状態をX線で観察します。特徴的な「鳥のくちばし状」の狭窄像が見られることがあります。
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食道内圧測定検査(マノメトリー)
食道の運動機能とLESの圧力を測定する検査で、アカラシアの診断に最も有用とされています。食道の蠕動の消失やLESの弛緩不全が確認されます。
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CT検査(必要に応じて)
外的圧迫や腫瘍性病変の有無を確認する際に使用します。
診断の流れとしては、まず内視鏡や造影検査で器質的疾患を除外し、マノメトリーで確定診断を行うのが一般的です。
4. 主な治療方法
アカラシアの治療は、食道の通過障害を改善し、患者さまのQOL(生活の質)を高めることを目的に行われます。症状や病期に応じて、内科的治療と外科的・内視鏡的治療が選択されます。
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薬物療法(軽症例)
・カルシウム拮抗薬や硝酸薬を用いてLESを緩め、通過を促す
・抗コリン薬やベンゾジアゼピン系薬剤も補助的に使用されることがあります
※効果は限定的であり、進行例にはあまり適しません
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バルーン拡張術(内視鏡的治療)
LES部位にバルーン(風船)を挿入し拡張することで、食物の通過を促進します。再発の可能性があり、複数回の処置が必要なこともあります。
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内視鏡的筋層切開術(POEM)
比較的新しい治療法で、内視鏡を用いてLESの筋層を切開し、食物の通過を改善します。侵襲が少なく、長期効果も期待できる有望な治療法として注目されています。
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外科手術(ヘラー筋切開術など)
腹腔鏡下でLESの筋肉を切開し、食道通過を確保します。POEMと同様の効果があり、施設によっては選択されます。
当院では、内視鏡による精密な診断と薬物療法、生活指導を行っております。必要に応じて、高度医療機関との連携による内視鏡治療(POEM)や手術のご紹介も可能です。
5. 予防や生活上の注意点
アカラシアは予防が難しい疾患ですが、症状の軽減や悪化防止には日常生活の工夫が有効です。
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ゆっくりとよく噛んで食べる
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食後すぐに横にならない(上半身を起こして過ごす)
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刺激物(香辛料、炭酸飲料、カフェイン)の摂取を控える
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少量ずつこまめに食事を摂る
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便秘や咳を放置せず、腹圧の急激な変動を避ける
また、体重の減少や栄養不足が見られる場合は、栄養士や医師による食事指導も重要です。
アカラシアはまれな病気ではありますが、**嚥下困難や逆流などの症状が日常生活に大きな影響を与えることがあります。**早期診断と適切な治療により、多くの方が症状の改善と生活の質の向上を実現できます。
当院では、患者さまのお話を丁寧にうかがいながら、正確な診断と適切な治療、必要に応じた専門医療機関との連携を行っております。飲み込みにくさなどの症状が気になる方は、お早めにご相談ください。