小腸・大腸・肛門
偽膜性腸炎
1. 疾患の概要
偽膜性腸炎(ぎまくせいちょうえん)とは、主に抗菌薬(抗生物質)の使用により腸内細菌のバランスが崩れ、有害な細菌であるClostridioides difficile(クロストリジオイデス・ディフィシル)が異常に増殖して毒素を産生し、腸の粘膜に炎症と偽膜(ぎまく:白っぽい膜状の病変)を形成する疾患です。
この疾患は、抗菌薬関連腸炎の代表的な病態であり、重症化すると命にかかわることもあるため、早期診断と適切な治療が重要です。
原因となる主な抗菌薬には、セフェム系、ペニシリン系、クリンダマイシン、フルオロキノロン系などがあり、これらの薬剤使用後に発症することが多く見られます。感染経路は経口感染で、病院や施設内での集団感染も報告されています。
日本では高齢者を中心に患者数が増加傾向にあり、特に基礎疾患がある方や入院中の方、長期間抗菌薬を服用している方は注意が必要です。
2. 主な症状
偽膜性腸炎の代表的な症状には以下のものがあります:
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水様性下痢(1日10回以上に及ぶこともある)
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腹痛(特に下腹部)
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発熱
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悪心・嘔吐
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血便(重症例)
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脱水症状、倦怠感
軽症例では数回の下痢程度で済むこともありますが、重症化すると腸閉塞や中毒性巨大結腸症、腸穿孔などを引き起こし、緊急手術が必要になることもあります。
同様の下痢症状を示す疾患としては、感染性腸炎、潰瘍性大腸炎、クローン病などが挙げられますが、抗菌薬の使用歴と症状の経過が診断の手がかりとなります。
3. 診断に必要な検査
偽膜性腸炎の診断には、以下の検査を組み合わせて行います:
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問診・診察:抗菌薬の使用歴、発症のタイミング、排便回数などを確認。
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便検査:
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C. difficile毒素の検出(酵素免疫測定法など)
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C. difficileの遺伝子検査(PCR法)
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血液検査:炎症反応(CRP、白血球数)や電解質異常、脱水の有無を評価。
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大腸内視鏡検査:
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偽膜(白色~黄色の膜状病変)の直接観察が診断の決め手になります。
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重症例や診断が不明瞭な場合に施行されます。
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腹部CT:重症例や合併症の有無を確認するために行われることがあります。
通常は、便毒素検査または遺伝子検査の陽性結果により確定診断が下されます。
4. 主な治療方法
偽膜性腸炎の治療の基本は以下の通りです:
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原因薬剤(抗菌薬)の中止:
最初の対応として、発症の原因となった抗菌薬をできる限り中止します。 -
抗菌薬療法(C. difficileに有効な薬剤):
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軽症~中等症例:メトロニダゾール(内服)
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中等症~重症例:バンコマイシン(内服)
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再発例・難治例:フィダキソマイシンや糞便微生物移植(FMT)なども選択されることがあります。
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支持療法:
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水分・電解質補正
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整腸剤の併用
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必要に応じて点滴や入院治療
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当院では、便毒素検査の実施(結果は通常1〜2日)や必要に応じた内視鏡検査を行い、重症度に応じた適切な治療を提供しております。
5. 予防や生活上の注意点
偽膜性腸炎の予防には、以下の点が重要です:
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抗菌薬の適正使用:
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不必要な抗菌薬の使用を避けることが最も効果的な予防策です。
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医師の指示に従い、自己判断での中止や延長は避けましょう。
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手指衛生の徹底:
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C. difficileの芽胞はアルコール消毒に耐性があるため、石けんと流水での手洗いが有効です。
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医療現場や高齢者施設では、接触感染予防策が重要です。
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整腸作用をもつ食生活:
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抗菌薬使用中は乳酸菌製品などを摂取することで腸内環境を保つことが有効です。
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バランスの取れた食事を心がけましょう。
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偽膜性腸炎は適切な対応により改善が見込まれる一方で、重症化すると重篤な経過をたどることもあるため、症状がある場合は早めの受診をおすすめします。